2018年3月3日土曜日

結 To form a connection with some one








「これも何かの縁ですから。」

このセリフが、僕は嫌いです。

天邪鬼と言われても仕方がないのかもしれませんが、
「縁」はスタートではないと思っているからです。
特に、仕事で巡り合って、少し時間の経った頃、
酒の席なんかでこの言葉が出てくると、
一気に酔いが覚めて、苦笑いなんかをしてしまいます。
その人のキャラクターにもよりますが、
例えばもうだいぶ慣れ親しんだ友人なんかには、
なんとなしにそういう価値観を当ててみたりします。

だけど、それ以外に出会いに感謝を表す言葉があるの?

そうですね。

あえて使うならば、「巡り合わせ」に感謝する。
でしょうか。

じゃあ、そういう風に言える人っているの?

いたんですよ!過去に四人も!

やっぱり、「縁」という言葉にちょっと違和感を感じる。
と聞きました。

その人と本当に縁が結ばれたかどうかは、
きっと、かなり後になってからでないと、
わからないからかもしれません。

「巡り合わせ」は必ず誰にでもある。
でも、「縁」はなんだかその事実を特別なものに感じることで、
「大切に知るべき。だよね。」
といった、暗黙の責務みたいなものを匂わすような気がします。

だから、僕はあまり「縁」という言葉は使わなくって、
むしろ、心がこの言葉を使わせてくれるタイミングを待っている。
そんな言葉です。

この話は、くどくなるのでまたにしましょう。

さて、それを「むすぶ」書ですが、

右の「士」に「口」は、もののふが聖なる器を守っている姿で、
器に宿る霊力を封じ込める意味があります。
古代、神事に仕えるもののふを「吉士」といい、
発する言葉はみな善とされていたので、
この言葉を書き、器に収め、
むすぶ行為を「善きことを約束(締結)する」儀式としました。
これに用いられた紐を、祝い紐といい、むすぶことそのものを、
霊力を宿す行為としました。(白川静 常用字解より)

今となっては、SNSなんかで、
「友達かも」
なんてお知らせが出てきてしまう時代。

それが、不吉なお知らせかもしれないし、
本当に人生を豊かにしてくれるお知らせかも知れない。

そこを吟味して、
小さな結び目をいくつも作って行くことも、
つながるという意味では一緒でないでしょうか。