2018年3月4日日曜日

教 Age and experience teach wisdom.




「習字と書道は何が違うのですか??」とよく訊ねられます。

僕の解釈でしか答えることが出来ないのですが、

自分の我や個性を極限まで削り落とし、
文字そのものの意味と,
個性美を的確に伝える技の鍛錬が習字。

これを踏まえて、自分のすべてを文字に委ね、
爆発させ、頭の中を灰にすることの出来る場所が、
僕にとっての書道です。

人によって、書道の意味の立ち位置は違うと思うので、

それぞれにこの疑問に対して死ぬまで向き合ってゆく人のことを、
書道家というのではないかな。

でも、僕は、この書を元にしていろいろなアプローチで、
見たもの、感じるものなどを表現し、制作します。

なので、書作家と、自分ではそう言います。

「家」とつく生業は、
商売とは思っておらず、
現代にはなかなかそぐわないかもしれないけれど、
「生き様」の事をさすことのほうが、
なんだか僕にはしっくりくるんですよ。

なんて、実はまだ道の途中で、うまく言えないんですがね。

そんなわけで、本日はお手本的に楷書で書いてみました。

左の「孝」は文字の原意とはかけ離れたもので、
本来は神社の屋根の両端に飾られた「千木(ちぎ)」を表す文字でした。
従って、神聖な場所に貴族の子弟を集め、
長老が伝統と儀礼を受け継がせる教育機関を示します。

自分が教えることによって、
教わることのほうが多い僕の今までの経験だったように思います。
それは、書道以外のことでもです。