「習字と書道は何が違うのですか??」とよく訊ねられます。
僕の解釈でしか答えることが出来ないのですが、
自分の我や個性を極限まで削り落とし、
文字そのものの意味と,
個性美を的確に伝える技の鍛錬が習字。
個性美を的確に伝える技の鍛錬が習字。
これを踏まえて、自分のすべてを文字に委ね、
爆発させ、頭の中を灰にすることの出来る場所が、
僕にとっての書道です。
僕にとっての書道です。
人によって、書道の意味の立ち位置は違うと思うので、
それぞれにこの疑問に対して死ぬまで向き合ってゆく人のことを、
書道家というのではないかな。
書道家というのではないかな。
でも、僕は、この書を元にしていろいろなアプローチで、
見たもの、感じるものなどを表現し、制作します。
なので、書作家と、自分ではそう言います。
「家」とつく生業は、
商売とは思っておらず、
現代にはなかなかそぐわないかもしれないけれど、
「生き様」の事をさすことのほうが、
なんだか僕にはしっくりくるんですよ。
なんて、実はまだ道の途中で、うまく言えないんですがね。
そんなわけで、本日はお手本的に楷書で書いてみました。
左の「孝」は文字の原意とはかけ離れたもので、
本来は神社の屋根の両端に飾られた「千木(ちぎ)」を表す文字でした。
従って、神聖な場所に貴族の子弟を集め、
長老が伝統と儀礼を受け継がせる教育機関を示します。
自分が教えることによって、
教わることのほうが多い僕の今までの経験だったように思います。
それは、書道以外のことでもです。
