2018年3月25日日曜日

颯 This word leaves the spectator with nifty feelings.

・さわやかに、名残を愛でる言葉。

サツ(satsu)、ソウ(sou)、はやて(hayate)と、読まれます。

左側の「立(リツ:ritsu)」が、
読みの元になっているという説もありますが、
サツというよりは、「サッ」と、
風が吹き抜ける音の形容や擬音に近いもののようです。
ちなみに、「さっと」で変換すると、「颯と」と出てきます。

「立」は「位(くらい:kurai)」を表す言葉で、
「風(かぜ:kaze)」は、気候による現象そのものよりも、
神聖な鳥や、龍が起こす現象としてあらわされたものです。
「几(つくえ:tsukue)」は、
「鳳凰(ほうおう:hou-ou)」のように、聖なる鳥に由来し、
「虫(むし:mushi)」は、
爬虫類であろう「龍(りゅう:ryuu)」をあらわしています。
なので、神を感じるかのような、素早く清々しい様。
というのが、この文字の示すところでしょう。
ちなみに、「風」の部首は、「風」そのままです。




2018年3月23日金曜日

最 I love you the most in the world.

・「ICHIBAAN!!」

我が国では、

サイ(sai)、もっとも(mottomo)、
とる(toru)、あつめる(atsumeru)

と、読まれ、

最高(sai-kou : The best)、最大(sai-dai : maximum)、
特に、「第一」という意味合いで使います。
海外の方に伝わりやすいのは、
「ICHIBAAN!!」でしょうか。

英語で「most」
ラテン語でも「most」
フランス語で「La plupart
イタリア語で「più


・戦利品の多さが成り立ち

古代に、戦での戦利品が「耳」だったことから、
その数の多いものが、功労者として称えられました。
それを頭巾に入れて運んだ様子です。

こんな感じ。

・このように書いてます。I am writing like this.




2018年3月17日土曜日

霧 The sun dispels the fog.


ム(mu)、ボウ(bou)、きり(kiri)

・地氣と天氣がぶつかり合った



霧が晴れるように、
さっと消え去ることを「霧消(むしょう:mu-shou)」
と言います。

昔から、地の氣が天の氣と反応して起こるのが霧とされていて、
あめかんむりの下の務(つとめる:tsuto-me-ru)は、
農耕に従事することを言うので、
霧がかかると農地になんらかのもたらしがあることから、
ム(mu)と発音し天候を表す文字が成立したと推測されています。

やがて、これが天候だけではなく、
情緒や、情景、気分などを表す言葉となります。
なんとなく、葛藤や哀愁が表現されるのはそのせいなのでしょうか。

・霧と霞の違い


数年前、広島市に住んでいた頃、
よく一人で宮島へ通いました。
住んでいたのが佐伯区だったので、
バスと広電でのんびりと向かったものです。

霧も霞(かすみ:kasumi)も靄(もや:moya)も、
文学的には同じものではありますが、
近くしか見渡せない状態を、霧。
遠くまで識別できる状態を、靄というのだそうです。

この言葉の分け方は、俳句によく使われます。
春を霞。秋を霧。と季語では使われています。

宮島の小高い場所から眺める、夕暮れ時の茶屋から眺める、
岩国の街明かりが、満開の桜で霞にかかってぼんやりと美しかった。
景色はぼんやりだったけれど、
記憶ははっきりとしています。
その差異が、心に深く刻まれているのでしょう。

その時の情景を、以前、作品の背景にしたものです。






2018年3月16日金曜日

雅 Elegance and beauty of movement or expression






ガ(ga)、ア(a)、みやび(miyabi)、みやびやか(miyabiyaka)
ただしい(tada-shii)

・実は、「烏(clow:karasu)」の仲間のこと

隹(スイ:sui)とつく漢字は、小鳥が元になっています。
そこに読みの音として隣にくっついたり、
下で持ち上げたりする役目の文字が加わることがよくあります。
この場合は、「牙(ガ:ga)」。

「牙(ガ:ga)」は、烏の鳴き声を表したものです。
これを、「みやび」な様に引用するまでは、
相当の時間がかかりました。
優雅さ。のイメージとしてあげられるのは、「舞」ですね。
この舞を、中国の貴族の中では「夏(カ)」と呼んでいました。
「夏」はもともと優雅に人が舞う後から見た様で、
加えて、その楽曲の歌詞を表しています。
でもなんとなく、この字そのものに優雅さを求めた結果、
音の似ている「雅」を借りてきたようです。
詩経という三千年くらい前の書物に、
その変遷が収められています。

・優雅さとは色気のこと

この春の始まりにふさわしい詩経の一節を紹介すると、
こんな感じです。

タイトルは、「おちて梅あり」。

摽有梅   おちて梅あり
其實七兮  其の実七つ
求我庶士  我を求むるのしょし
迨其吉兮  其の吉におよべ
 
摽有梅   おちて梅あり
其實三兮  其の実三つ
求我庶士  我を求むるのしょし
迨其今兮  其の今におよべ
 
摽有梅   おちて梅あり
頃筐塈之  けいきょう之をつく
求我庶士  我を求むるのしょし
迨其謂之  其の之をいふにおよべ

【ざっくり訳】
梅が落ちてます。
その実は七つ。
私めあての殿御方、
吉日選んでおいでなさい。
 
梅が落ちてます。
その実は三つ。
私めあての殿御方、
おいでになるなら今のうち。

梅が落ちてます。
手かごはからっぽ。
私めあての殿御方、
言い寄りなさい口づから。
※口づから:自分の言葉で。
つまり、「自分の言葉で口説いてごらんよ。」

アン・ルイスの「六本木心中」を匂わせるような歌詞ですね。

女性の色気は、小鳥のように表現されることが、
しばしばあります。
震えるような、捕まえていないと飛んで行ってしまいそうな。
そんな情緒を表すには、
「雅」がキャラクターとして良かったのかもしれません。
僕としてもこの方が賛成です。
「夏」は元から言えば、国の名前を表していましたし、
文字の使われ方も、風情によって変わるのですね。

・優雅さと上品さは似て非なるもの

この成り立ちのように、
「雅」はその意味を変化させてきました。
変化するということは、
いろいろな事情や事柄を巻き込んで、今に至るということなので、
唯一の意味合いを表現してはいません。
特に、日本に渡ってきてからは。

上品だから優雅である。という絶対的な関係性ではなく、
優雅さとは、人間の様々なありようを誰かや何かが表現して、
自分の価値観と照らし合わせて、「ああ、雅だな。」と。
例えば、
温泉に入って、花のひとひらが湯船に落ちてくる様を眺めて、
「雅だな。」
鼻の奥に抜けるウィスキーの薫りが、
脳の下の方で華開くその瞬間を味わって、
「雅だな。」
女性の背骨と肩甲骨の隆起を眺めて、
「雅だな。」

上品とはもともと仏教用語で、
品を九つに分けた「九品」から始まっています。
品とは、仏への帰依の度合いで分かれていて、
それによって、往生の状態が変わってくると言われるものです。
大きくは、上品、中品、下品。
これが、社会の中で所作や立ち居振る舞いに使われるようになりました。
品とは、思想や価値観を表し、
雅とは、状態を表しています。
芸術家がこの優雅さにとりつかれるのは、
あらゆる品を持つ人々に、新たな価値観や、思想を提案したい。
そして、それによって、誰かの力になることができたなら。
そういった、「いのり」のようなものが、
表現の背中を強く押すからなのではないかと、
僕はそう考えています。
そんな気持ちで、今回の書は書き上げたように思います。

今日は、長かったですね。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。



🌟この書も、商品にしています。
よろしければ、どうぞお立ち寄りください。
⬇︎

2018年3月14日水曜日

氣 A feeling or energy surrounding a person, called aura.This is Qi.





おくりもの(okurimono)、くうき(kuuki)、キ(qi)

氣はすべての活動力の源泉です。

不可思議なものと、とらえられがちではありますね。
そうではありますが、そうでもなくあります。
それが「氣」です。

「氣」の元は、「气(キ)」。おおもとという意味です。
穀物である「米」は、このエネルギーがぎゅっと詰まっていることと、
おおもとを養うのに不可欠であるということから、
この文字になりました。
また、「氣」は「餼」とも書き「おくりもの」と読みます。

この書は、もうかなり前に書いたものです。
書にも「若さ」が滲み出るものです。
このころの僕は、今よりも勢いや未熟さがあったのですが、
「表現!」ということに一途だったよな。
と、この書を観じます。

作家としての僕の気持ちをぶっちゃけると、
あまり敷居の高い作品にしたくない。
という姿勢です。
食べるのも困るし、暮らしを考えると、
困ったなぁ。と落ち込んでしまうことも多々あります。
でも、偉くなりたいとは思わないのです。
たくさんの人のそばに、置かれたい。
ずいぶんと、個展もパフォーマンスも、
講演も経験させていただきましたが、
作家としては、やはり、誰かのそばにありたい。

そんな思いから、
先日、この書でいろいろ作ってみましたので、
嫌でなければ、どうぞこちら、
お立ち寄りくださいませ。

妙見堂







2018年3月12日月曜日

墨 I seem to polish a thing, a sword rubbing against a sumi.









すみ(sumi)、ボク(boku)<英> ink-cake

朝起きて一通りその日の準備を終えると必ず行っていたことが、
「墨をする」こと。
この業界では、
「墨を研ぐ」と使ったりします。
多分、筆は剣に勝る。ということからかもしれません。
幕末にはまさにそうなったわけでもありますから。

「何となく毎日の日課に取り入れたら、
漂う香りや、独特の音に何かがしっかり立ち上がってくれることに、
気づき始めました。」

2012年に起こしたこのブログの下書きでは、
こう書いていたのですが、
はっきり言って、今の僕にはむず痒い文章だな。
と、恥ずかしくなります。笑

今は、毎日は研いでいません。
確かに、日課として行うことはとっても大切なことだと思います。
けれども、三年くらいそれを続けみて、
その時間を書くことに使いたいな。と、閃いたからです。

今は、墨を研ぐことに費やす日を設けています。
それも、受注が入った時や、どうしても今日はこれがしたい。
というときです。

黒はもともと煤(すす)のことをいい、
これに土を混ぜて固形にしたので、この字が出来上がります。
やがて、漆や龍脳といった香料が加えられるようになりました。

「墨墨(ぼくぼく)と」墨をする。
などと使いますが、黙々と。という意味です。

情熱の焔は、いつも静かに燃えているもの。
激しく燃える炎は眩しすぎるし、周囲を焼き尽くすので、
いずれ鎮火されます。

僕の焔は、小さくゆらゆらと、
佇むように燈されていたいのです。


2018年3月10日土曜日

地 Keep your eyes on the stars, and your feet on the ground.



ち(chi)ジ(ji)


何事においても基本。
基本が、大切です。
基本はどのようにして、
地面のように自分をの足を支えてくれるのかというと、
たくさん真似して、たくさん反復すること。
そして、何度も希望を見上げ、確認すること。

僕は少しサボってきたけれど(笑)。

この文字の成り立ちは、
以前、「墜」と書いて土地の意味だったのですが、
「おちる」意味が強まり、
それじゃなんだかパッとしないというか、
縁起悪いということで、この字が生まれたのだとか。

この字は「神の降り立つところ」という意味です。
なぜ土に也なのかというと、
神職の医者が矢で病気を祓うときに、
土の上に病人を寝かせて、「ヤッ!!」と叫んだからです。
大昔では、改善、回復が何より奇跡に近く、
神の仕業だと考えたのでしょう。

それと同じように、基本という場所には、神のような、
そんな力が必ず宿っていて、
迷ったら必ずそれを祓ってくれるような気が、
たまにします。

Tシャツやグッズの販売を始めました。

いつもは時期が過ぎて、
毎年後悔していたのですが、
夏が来るまでに、
少しずつアイテムを増やして行こうと思います。

よろしければ、どうぞお立ち寄りください。


妙見堂 ショップ
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